2009年7月31日金曜日

「日本は未だに封建国家なのだろうか?」(TORA「株式日記と経済展望」) 政権交代と権力分立


恩義出て来い!TORAがいいこと言ってるぞ。

国会議員の家に生まれないと国会議員になれないと言うのは日本は未だに封建国家なのだろうか?

(私Kuantanのコメント)

「権力の分立」といえば、「三権分立」を想起する人が多いと思いますが、権力の分立は必ずしもそればかりではありません。

三権分立は一つの制度であり、三権分立自体が目的ではありません。権力の分立の目的は別にあります。すなわち、「自由の保障」「人権の保障」にほかなりません。

ことに、民主制の下では立法権と行政権は癒着する傾向があります。ある意味でそれは自然なことなので、民主制と権力の分立、民主主義と自由主義(立憲主義)とは、互いに矛盾する面があるのです。

民主制の下では行政は最終的に民意に従属しなければなりません。民意を代表しているのが立法府なので、行政は立法府に従属しなければならない。

ところが、現代の行政は仕事も膨大複雑で難しいので、普通のオヤジにはわかりません。民主制が前提としている市民は普通のオヤジなのですが、普通のオヤジには行政に指図する能力がないという困難があります。

そこで、結局は行政が立法に従属する体裁をとりながらも実際は立法を従属させる、行政と立法とが一体となって一つのマフィアのようになってしまう、ということになっているのではないかと思われます。

役人上がりが政治家になるというのは昔からありますが、世襲議員も立法権の行政権への従属を象徴していると思います。

世襲議員は世襲であることと無能なことが取り柄です。知識も知能もないが「知己」だけは豊富な世襲議員は、官僚にとってはすばらしい政治家といえるでしょう。

民主制の自然な流れとして、立法と行政が癒着し一体化していくと、権力の分立は、事実上、立法行政と裁判所の「ニ権分立」になっていきます。

立法行政は一応は民意に従属していますが、裁判所は本来非民主的な、非多数決的な機関であるところに人権保障、すなわち少数者の人権保障の機能があります。

(とくに民主制の下で、「人権」とは「少数者」の自由人権の保障なのだ、という教科書的な点は、一般国民もしっかり押さえておく必要があると思います。「多数者」の意思は民主制のプロセスによって実現されていて、権力になっているからです)。

しかし、裁判所も同じような大学の同じ学部を出たエリートの集まりで、役人にも学校のお友達がいっぱいいて、ということになり、小学校の友達もいっぱいいるようなことになっているかもしれません。

さらに、どういう圧力によってか、裁判員制度というような、ある意味衆愚的な要素を裁判所に引き込むことになり、裁判所本来の非民主制、非民衆性、自由保障機能が危うくなっているのではないかという疑いを抱かせます。

このようなわが国の状況においては、われわれは、個人の自由人権を守っていくために、権力の分立をさらに多元的に考えていく必要があります。

二院制もまた権力分立の一つの形であり、地方自治も一つですが、これらはささやかな抵抗力に過ぎず、衆議院と行政の一致した意思に抵抗する力はありません。

われわれがいちばん簡単直接に働きかけられる権力の分立はやはり、「政権交代」です。

政権交代もまた「権力の分立」にほかなりません。長期にわたる自民党一党支配の下において、自民党は中国共産党のようなもの・つまり国家機関のようなもの・になって来ていると思います。これを野に下らさせて行政との癒着を絶つというだけでも、権力の分立に資するものがあります。

政権交代は、次の与党がどんなに愚劣なものであろうと、政権交代自体に価値があるのです。ときどき愚者が政治を担当することがあるとしても、政権交代がないよりは、あったほうが良いのです。むしろ、政権交代がなければなりません。

幸い日本は、政治家だけで勝手に憲法を改正することはできないので、権力を握った政党が憲法を勝手に変えて、権力を永久的に独占できるようにすることはできません。しかし、ときどき政権交代を行っていないと、事実上の一党独裁が生じます。


日本国においては、国会議員は、彼に投票した選挙民の代表でなく、国民の代表として選ばれるものです。日本国憲法は、「人民」主権や、命令委任、「人民」代表制ではなく、国民主権、国民代表制をとっています。

国民も選挙に当たっては、国民の代表を選ぶ意識を持たなければなりません。自分の利益になる政治家や自分好みのイデオロギーを表明している政治家に投票すれば良いとは限りません。

自分の投票行動が、日本の政治過程にとってどういう意味を持つか、まで客観的に考えて投票する必要があると思います。

要するに、たとえば、民主党が素晴らしいから民主党に入れるのではなく、民主党が与党になることによる損失よりも政権交代が存在しないことの損失のほうが大きいからこそ、今回は民主党に入れる、というような冷静な行動が必要です。

国民がこのような冷静な投票行動をしている限り、新たに政権をとった政党もデタラメなことはできないはずです。

小泉劇場に踊って、酔っ払った末、自民党を大勝させたような国民が、もっとも愚劣で、危険な、ファッショ的群衆だったことは明らかです。

民主党が政権を握るとこんなに危険だ、と宣伝している人は、民主党が自民党と同じようにほとんど永久的に政権を担当することになることを前提として語っているようですが、政権交代は「政権固定」ではありません。

1 comments:

  1. 結局、外国人がしない限り、民主党も自民党も余り変わらないと思います。独裁だろうと政権が変わろうが、癒着しようが、革命又は大きなショックが無い限り日本の政治なんか変わらないよ。

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