公的機関の金保有量
http://gold.tanaka.co.jp/first/chisiki/chisiki_02.html
米国が圧倒的ですが、ドイツがかなり大きい。
EUを合計すると米国をはるかに上回ります。
金は腐らないので、欧米が現在保有する金のなかにも江戸時代に日本から流出した金がかなり含まれているかもしれません。当時、日本では金と銀の価格の比率が1:5だったのに対し、ヨーロッパでは1:15だったので、銀を日本に持ってきて金と交換すればそれだけで3倍の儲けになったということです。(商業資本主義ということでしょうが、今の通貨キャリートレードを連想します。商売人のやることは昔も今もそんなに変わらず原理は単純なようです)。
中国、インドの政府がいましきりに金を買い集めているということです。アメリカでは資産家が資産を希少金貨やダイヤモンドなどの現物に避難させる動きもあるということ。いま金はバブルなのか。金価格はこれからどうなるのか。私も金地金や大衆金貨を少し持っているので関心のあるところです。
2009年11月20日金曜日
2009年11月19日木曜日
Web2.0って何のこと
何のことかしら、と思っていたのだが、最近日本に帰ってきて「ウェブはバカと暇人のもの」という本を読み、ようやく少しわかったような。要するに、Web2.0の2は2ちゃんねるの2、という意味らしいです。そりゃバカと暇人のものなのは当然ですね。
バカと暇人のものならそらみっともないので早くやめなくちゃいけない、と思ってやめようと決意しました。しかし、パソコンを捨てるほどの勇気はないし、ニュースもネット、メールもウェブなので、なかなか完全にはやめられないということもわかりました。
しかし、日本のウェブはパチンコだ、ということは肝に銘じたほうがいいかもしれません。
私は頭悪いのでこんな本でも3日ぐらいかけて読むんですが。読みにくい本でもあったような気がします。
双方向性というのも、良いことではないのですね。人間関係はまず相手の耳目に達するまでに苦労すべきであって、いきなり赤の他人に自分の考えを伝えられてしまうということは、必ずしも良いことではない。
他人の意見を面と向かって批判するのはかなりまずいことで、批判するとしてもなるべく直接相手に伝わらないような方法でやったほうがいいらしい。相手が大真面目ならなおさらです。
考えというものは大変デリケートなもので、よほど気をつけて褒めて育ててやらないと消えてしまうらしい。自分でも褒めるような暗示をしたほうが良い。批判されるとせっかくの考えが萎縮して駄目になることが現実に多い。だから、良い思い付きは批判されるような場所に晒すべきではない。大切な考えは人前に晒さないほうが良い。批判される可能性のある場所に出さないほうが良いです。
最近なぜか話題らしい「思考の整理学」という本にもそんなようなことが書いてありました。この本は良いことも書いてあると思いますが、ノートはこう作れみたいなのはどうかという感じですね。人それぞれなんですが、私は自分の下手な字を見るだけで落ち込むくらいなので、受験勉強等でもノートやカードは作ったことがありません。自分の自筆ノートで勉強なんて考えられない。考えただけで胸が悪くなります。その点ではパソコンは重宝しています。(「闇の権力」に常に監視検閲されているという)グーグルのノートやドキュメントは内部検索もできて便利です。
だから、ウェブで考えを即時に公表し大方の批判を待つというような体制は、良くて浅はかな思想の元、悪くすればノイローゼの元ということになると思います。
政治家など「批判されるのが仕事の人」は、そのくらいの覚悟はなければならないのでもっとネットで発信すべきだと思いますが、普通の人はとくに双方向性には慎重に対処したほうが良いと思われます。
「ブログのコメント欄を開かない(で何か主張している)のは卑怯だ」とか、批判コメントを受け入れようとしない(要するに「俺のコメントを表示せず、それに答えようとしない」〔=「誤りを認めて謝罪し俺の教えを請わない」!〕)のは「言論の自由」を認めないやつだ、というような(「はてな」あたりで見かけそうな)考えは、悪い妄想だと思います。
バカと暇人のものならそらみっともないので早くやめなくちゃいけない、と思ってやめようと決意しました。しかし、パソコンを捨てるほどの勇気はないし、ニュースもネット、メールもウェブなので、なかなか完全にはやめられないということもわかりました。
しかし、日本のウェブはパチンコだ、ということは肝に銘じたほうがいいかもしれません。
私は頭悪いのでこんな本でも3日ぐらいかけて読むんですが。読みにくい本でもあったような気がします。
双方向性というのも、良いことではないのですね。人間関係はまず相手の耳目に達するまでに苦労すべきであって、いきなり赤の他人に自分の考えを伝えられてしまうということは、必ずしも良いことではない。
他人の意見を面と向かって批判するのはかなりまずいことで、批判するとしてもなるべく直接相手に伝わらないような方法でやったほうがいいらしい。相手が大真面目ならなおさらです。
考えというものは大変デリケートなもので、よほど気をつけて褒めて育ててやらないと消えてしまうらしい。自分でも褒めるような暗示をしたほうが良い。批判されるとせっかくの考えが萎縮して駄目になることが現実に多い。だから、良い思い付きは批判されるような場所に晒すべきではない。大切な考えは人前に晒さないほうが良い。批判される可能性のある場所に出さないほうが良いです。
最近なぜか話題らしい「思考の整理学」という本にもそんなようなことが書いてありました。この本は良いことも書いてあると思いますが、ノートはこう作れみたいなのはどうかという感じですね。人それぞれなんですが、私は自分の下手な字を見るだけで落ち込むくらいなので、受験勉強等でもノートやカードは作ったことがありません。自分の自筆ノートで勉強なんて考えられない。考えただけで胸が悪くなります。その点ではパソコンは重宝しています。(「闇の権力」に常に監視検閲されているという)グーグルのノートやドキュメントは内部検索もできて便利です。
だから、ウェブで考えを即時に公表し大方の批判を待つというような体制は、良くて浅はかな思想の元、悪くすればノイローゼの元ということになると思います。
政治家など「批判されるのが仕事の人」は、そのくらいの覚悟はなければならないのでもっとネットで発信すべきだと思いますが、普通の人はとくに双方向性には慎重に対処したほうが良いと思われます。
「ブログのコメント欄を開かない(で何か主張している)のは卑怯だ」とか、批判コメントを受け入れようとしない(要するに「俺のコメントを表示せず、それに答えようとしない」〔=「誤りを認めて謝罪し俺の教えを請わない」!〕)のは「言論の自由」を認めないやつだ、というような(「はてな」あたりで見かけそうな)考えは、悪い妄想だと思います。
登録:
投稿 (Atom)
ラベル
- Blogger (15)
- Timelog (5)
- Twitter (12)
- アジア (86)
- アルメニア (1)
- アーリア人 (11)
- イラン (14)
- インターネット (58)
- インドネシア (7)
- エストニア (1)
- カトマンドゥ (23)
- クアラトレンガヌ (4)
- クアラルンプール (24)
- クアンタン (15)
- コタバル (8)
- シャルジャ (3)
- スリランカ (2)
- タイ (106)
- タイの仏教 (4)
- タイ王室 (6)
- タクバイ (4)
- ダラン (2)
- チベット人 (4)
- チョウキ (7)
- ドバイ (3)
- ナラティワト (24)
- ニュース (151)
- ネット右翼(ネトウヨ) (26)
- ネパール (74)
- バサンタプル (17)
- パッタニ (6)
- ブログ (71)
- プンカランクボール (4)
- マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派) (15)
- マスコミ (26)
- マレーシア (101)
- ミャンマー (4)
- メモ (1)
- リンク (28)
- 人権 (5)
- 人種 (20)
- 人種主義 (36)
- 人種差別 (38)
- 児童買春 (16)
- 写真 (98)
- 土人 (22)
- 売春 (13)
- 掲示板 (2)
- 政治 (134)
- 文化 (190)
- 旅程 (36)
- 旅行 (298)
- 日本 (93)
- 日本人 (5)
- 日記 (418)
- 法律 (7)
- 炉利 (3)
- 白人 (96)
- 白人至上主義 (60)
- 社会 (27)
- 航空券 (2)
- 買春 (4)
- 食事 (17)
